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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)653号 判決

原告 伊藤光治

被告 三木芳武

主文

原告の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の請求の趣旨と被告の答弁

原告訴訟代理人は

原告が別紙物件目録〈省略〉記載の二号地を要役地とし、同目録記載の甲地を承役地とする通行地役権を有することを確認する。

被告は、原告が右甲地を通行することを妨害してはならない。

被告は右甲地上に建物、塀、生垣その他の工作物を設置してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求めた。

被告訴訟代理人は

原告の請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

二、原告の請求原因と被告の答弁

原告訴訟代理人はつぎのとおり述べた。

(一)  通行地役権の取得

(1)  東京都大田区馬込町東三丁目八百十五番地宅地二百八十坪(別紙見取図≪省略≫表示のBCDEFGBの各地点を順次結ぶ直線によつて囲まれた部分)はもと訴外加藤長五郎の所有であつたか、昭和十一年訴外蔵方武雄が加藤長五郎から右宅地を買受けて所有権を取得し、昭和二十二年六月同人が財産税納付のため右宅地を物納に供した結果、国家が右宅地を所有するにいたつたが、ついで昭和二十四年春右宅地はつぎの四筆、すなわち同町三丁目八百十五番の一宅地百九坪三合(別紙見取図表示の一号地、但同見取図中ICDTIの各地点を順次結ぶ直線によつて囲まれた部分)同番の二宅地六十九坪七合一勺(別紙見取図表示の二号地および乙地、但し同見取図中FKHIJ(ハ)(ロ)(イ)Fの各地点を順次結ぶ直線によつて囲まれた部分)、同番の三宅地七十三坪四合八勺(別紙見取図表示の三号地および甲地、但し同見取図中(イ)(ロ)(ハ)E(イ)の各地点を順次結ぶ直線によつて囲まれた部分)および同番の四宅地二十七坪五合一勺(別紙見取図表示の四号地、但し同見取図中BHKGBの各地点を順次結ぶ直線によつて囲まれた部分)に分筆され、払下げにより、昭和二十四年三月原告が右二号地および乙地の、被告が右三号地および甲地の所有権をそれぞれ取得し、現在、右二号地には原告および訴外宮下義一、横山よしゑが家屋を共有しており、また三号地には被告が家屋を所有している。

しかして加藤長五郎が右宅地二百八十坪全部を所有していた当時同人は事実上右宅地を、おおむね右分筆によつて区分された如き形状に四箇の部分に分ち、右区画された各土地の便益に供するため、右土地内に、右土地の東側および西側を走る道路に通ずる巾約六尺の私道(別紙見取図表示の如く東側NDから入つて、西側F(ヘ)へ出るもの)を開設し、右私道は現在にいたるまで引続き存在している。

(2)  原告はつぎに示す理由により通行地役権を取得した。

(イ) 昭和二十四年三月原告が右二号地および乙地を、被告が三号地および甲地を、それぞれ払下げにより取得したのであるが、右甲地および乙地は、もともと訴外加藤長五郎が開設した右私道敷地として使用されていたものである。そこで、右払下げと同時に甲乙両地を道路以外の目的に使用することになれば、結局右私道を廃してしまうことになり、それでは二号地および三号地そのものの使用が著しく妨げられることになるので、その頃原被告間に、明示もしくは黙示の意思表示により、甲地はこれを二号地所有者の通行の便益に供し、乙地はこれを三号地所有者の通行の便益に供することの合意が成立した。

(ロ) かりに右合意の成立が認められないとしても、昭和八年初頃、訴外横山よしゑが右二号地の部分を当時の所有者訴外加藤長五郎から賃借し、これを宅地として使用するに当り、右加藤の開設した私道を、右宅地使用の便益のために平穏かつ公然に通行していたのであるが、ついて右横山の地位を承継した訴外伊藤てるおよび原告も亦、引続き右私道を平穏かつ公然に通行し、昭和二十四年三月原告が右二号地の所有権を取得してから昭和二十八年初頭にいたるまでも、原告は二号地使用の便益のため右私道を平穏かつ公然に通行したのである。しかしてこの間二十年を経過したのであるが、右甲地の所有権が右加藤から順次訴外蔵方武雄、国を経て、現在被告に帰したことは前記(1) に主張したとおりであるから、被告は前主たる右加藤ほか二名の地位を承継したものというべく、従つて原告は右甲地の通行地役権を二十年の時効により取得したものである。

(二)  しかるに被告は原告の右通行地役権を否認し、昭和二十八年十一月甲地内にして、(別紙見取図(ヘ)点附近にある同三号地所在家屋の門の東側にあたる部分に、長さ約二間二尺九寸)巾約四寸、高さ約一尺一寸ないし一尺七寸のコンクリート工作物を築造して同所の通行を妨害し、もつて右甲地の地役権を侵害したのであるが、被告は更に右三号地北側の甲地部につき、右私道敷地として使用を廃し、同地上に建物、塀、生垣その他の工作物を設置しようとしているのであり、かくては原告が甲地に有する右通行地役権は侵害されることになるので、原告は被告に対し右侵害行為をなさないことを求める。

なお、右三号地の北側に存する巾約六尺の前記私道(甲地および乙地)とその北側に存する巾約三尺の私道は建築基準法第四十二条第二項の規定に基き昭和三十年七月三十日附東京都告示六百九十九号により指定された防災道路であるから、同法第四十四条第一項に則り、何人も建築物または敷地を造成するための擁壁を、右道路内にまたは右道路に突出して設けてはならないのであるから、被告は右甲地内に建物、塀、生垣その他の工作物を設けてはならない義務を負うものである。

(三)  よつて前記請求の趣旨の如き判決を求めるため、本訴請求におよんだものである。

被告代理人はつぎのとおり述べた。

原告の主張事実中

(一)の(1) の事実は認めるが、訴外加藤の開設した私道は一般通行者の便益に供するものではない

(一)の(2) の通行地役権取得は否認する。

右(2) の事実中、昭和二十四年三月原被告間に、原告主張の如き明示もしくは黙示の合意が成立したことは否認する。元来、大蔵省が原告主張の宅地二百八十坪につき国有財産払下げの公告をしたとき、被告は、はじめ、右三号地のみの譲受けを申出で、ついで払下物件指定取扱者である訴外中央信託株式会社係員から、右三号地東側の巾約六尺の私道敷地となつている甲乙両地を併せて買取らなければ払下げができない旨告げられ、三号地に右甲乙両地を併せて譲受けることに変更したのであるが、右譲受けによつて二号地にある原告家の出入に支障が生じないよう考慮する必要もあつたので、右土地を右係員が測量していたところ、原告側から右道路敷地の半分を買取りたい旨の申出があり、結局原告主張の如く、甲地を被告が乙地を原告が払下げてもらうことに協定して、右払下げが行われたのである。従つて右の払下経過によれば、甲地につき原告主張の如き通行地役権を設定する合意が原被告間に成立する筈はない。

右(2) の(ロ)の取得時効の完成は否認する。訴外加藤長五郎、蔵方武雄および国が右宅地二百八十坪を所有していた当時は、要役地たる二号地も承役地たる甲地も共に同一所有者に帰属していたわけであり、従つて、二号地の賃借人がたんに甲地を平穏かつ公然に通行していた事実があつたとしても、原告主張の如き通行地役権の取得時効が進行を開始するいわれはない。

(二)の事実中、被告が原告主権の如きコンクリート工作物を設置したことは認めるが、被告が原告の通行を妨害したことはない。被告が三号地の北側、別紙見取図(ヘ)(ホ)間に設けていた門扉および板塀は腐朽が甚だしくなつたので、被告は右改築を企図し、これと同時に三号地内にある家屋と右板塀およびこれに続く生垣との間に通行可能の空地を設け、右宅地利用の便を増加しようと考えて右板塀の土台として右コンクリートを設けたのであり、しかも右土台は別紙見取図(ヘ)(ホ)線から北へ約二尺移動するのみであるから原告の通行の妨害とはならないものである。

三、立証〈省略〉

理由

一、通行地役権設定契約が成立したとの主張について

東京都大田区馬込町東三丁目八百十五番地宅地二百八十坪は訴外蔵方武雄がこれを所有していたが、昭和二十二年六月同人が財産税納付のため右宅地を物納に供した結果、国が右宅地を所有するにいたつたこと、ついで右宅地は昭和二十四年春、原告が(一)の(1) に主張している如く、同町三丁目八百十五番の一ないし四の四筆に分割され昭和二十四年三月原告がその主張の二号地および乙地を、また被告が三号地および甲地をそれぞれ払下げによつて取得したことは当事者間に争ない。証人山口吉雄、三木保子の各供述および被告本人三木芳武尋問の結果を綜合すれば、昭和二十三年暮大蔵省が右宅地二百八十坪につき国有財産払下げの公告をなしたが、これに対し被告は自分が従来訴外蔵方武雄から賃借していた右三号地の払下げを受けるべく申出をなしたこと、しかるに被告は、右国有財産払下げの事務を取扱つていた訴外中央信託株式会社の係員山口吉雄から、払下げは三号地のほか、同地の東側にある巾約六尺の私道の部分(別紙見取図表示の甲地および乙地の部分、但し二号地の南側にある乙地は含まない)と同地の北側にある私道のうち巾約三尺の部分(別紙見取図表示の甲地)とを併せて、これを買受けるべき旨を告げられ、被告もこれに応じ改めて右三号地および甲乙両地を合した部分の払下げ申出をしたことが認められる。しかして証人石塚正之助、山口吉雄、宮下義一の各供述および被告本人三木芳武尋問の結果を綜合すれば、被告の右払下げ申出を知つた訴外宮下義一(原告の実弟で、二号地所在家屋の共有者である)は、被告の申出がそのまま認められ、払下げによつて三号地東側にある右甲乙両地および同地北側にある甲地が被告の所有に帰するならば、二号地の所有者もしくは居住者が、従前と異り、右甲地および乙地を自由に通行することができなくなると考え、急いで右中央信託株式会社に赴いて係員石塚正之助、山口吉雄等に会い、右事情を訴えたこと、その後宮下は訴外横山よしゑとともに再び右会社に赴き、右石塚に対し、被告への払下げは、甲乙両地を従前どおり道路として使用することを条件になされたき旨を申出たこと、右申出後、右会社の係員は、所轄官庁たる大蔵省の、土地分割は合理的に行うべく乙地は被告に対する払下げより除外するのを可とする旨の意向もあつたので、被告と接衝したところ、被告はさきの払下げ申出を譲歩して、三号地東側の乙地はこれを原告側に譲ることに同意し、前記認定のとおり三号地および甲地が被告に払下げられたことが認められる。しかしその間、原被告間に甲地につき原告主張の如き通行地役権を設定する旨の合意が成立したことは認められない。右各証拠を綜合すれば、訴外宮下義一等原告側では、被告に対し右の如き払下げが行われることについて、終始反対を続け、甲地の自由な通行を確保しようとしたことは認められるが、被告としても右三号地および甲地の払下げは強くこれを希望していたので、係員石塚正之助は右両者の話合による解決をすすめたこともあつたが、右払下げの済むまでの間、原告側と被告とはついに直接話合うことをせず、従つて甲地の通行に関する何等の取極めも成立しないまま払下げが行われたことが認められ、払下げの後にも合意の成立した事実はないのであるから、原被告間に原告主張の如き明示もしくは黙示の合意が成立したことは、これを肯定できない。なお、右払下げの後原告側が甲地を通行するにつき、被告が特段の異議を述べたことは認められないが、未だ甲地を利用する必要もないのに、いちいち通行に対して異議を述べることは、近隣の情誼に反することでもあるから、右の一事をもつて被告に黙示の同意があつたとするのは妥当ではない。

二、取得時効が完成したとの主張について

訴外加藤長五郎が右宅地二百八十坪全部を所有していた当時、同人が右宅地を事実上、原告が(一)の(1) において主張する如く四箇の部分に分ち、右区画された各土地の便益に供するため、右土地内に巾約六尺の私道を開設したこと、右私道が現在にいたるまで引続き存在していることは当事者間に争なく、証人横山よしゑ、宮下義一の各供述を綜合すれば、昭和七年頃から訴外横山よしゑが右二号地を賃借し、右甲地を平穏かつ公然に通行していたこと、その後順次、伊藤てる、原告伊藤光治等が右二号地を賃借し、同様右甲地を平穏かつ公然に通行していたことが認められる。しかしながら、如何なる者が地役権者となり得るかというに、民法第二百八十条によれば地役権は他人の土地を自己の土地の便益に供するのであり、同条と民法第二百八十一条とを併せて考えると、地役権者となり得る者は所有権者その他土地を直接支配できる物権者に限ると解するのが相当である。しかして賃借権は物の使用収益をするために取得されるものであるが、権利の性質としては物権の如く直接物の支配を目的とするものではなく、賃借人に対し物の使用収益をなさしめることを請求できる債権であると解すべく、右性質はこれを否定し去ることはできないというべきである。そうすると昭和二十四年三月原告が右二号地の所有権を取得するまでの間、右横山、伊藤等が右二号地を使用したのは賃借権に基くものであるから、同人等は何れも地役権者となり得なかつた者であり、同人等が地役権者となり得ない者である以上、如何に同人等が平穏かつ公然に甲地を通行していたとしても、右事実をもつて、通行地役権の取得時効完成の基礎とすることはできず、従つて右時効期間は進行を開始しないものというべきである。ゆえに原告の右主張は採用できない。

三、結論

以上の考察によれば、通行地役権の確認を求めている原告の本訴請求は理由がないといわざるを得ない。また原告のその余の請求は、右通行地役権の存在を前提とするものであるから、更に判断を加えるまでもなく、これ亦理由がない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一)

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